脱サラして飲食店を始めるも失敗。最後はマンションを手放し夫婦で債務整理

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二度の破産を経て、現在もキャッシングに頼る日々。 でも、生きていればなんとかなるものです。

今回の体験者は破産を二度も経験したという、波乱万丈な人生を送ってきた斎藤さん。

特に二度目の破産は家族を抱えた状態で、マンションと自身の飲食店を手放すことになるという壮絶なものでした。

斎藤さんは死ぬことさえも本気で考えたといいます。

それでも家族のために、破産をしてもどん底から立ち直っていく様子は必読です。

どんなことがあっても、生きてさえいえばなんとかなる。

ドラマよりもドラマのような、斎藤さんの生き様をご覧ください。

体験者の情報

名前(仮名): 斎藤 哲夫
年齢: 54
結婚/未婚: 結婚
子供: あり
同居家族: あり
加入保険: 社会保険
住居形態: 賃貸アパート
職業: 運送業(大型ドライバー)
雇用形態: 正社員
勤続年数: 7年
年収: 380万円
債務整理歴: 2回(2回とも破産)

浪費と給料カットが原因で一度目の破産

今(2016年)から30年ほど前になりますが、当時の私は大型トラックのドライバーとして働いていました。

妻とふたりの子供もおり、順風満帆で幸せな日々を送っていたのです。

しかし、この幸せは長くは続きませんでした。

理由やいきさつは省略しますが、24歳の頃に妻と離婚。

しかも、妻が2人の子どもの親権を取り、育てていくことになったので、私はひとりぼっちです。

それから、離婚の寂しさを紛らわすため、いろいろなものを衝動買いするようになりました。

免許を取って大型のオートバイを買ったり、ウォーターベッドを買ったり...。

また、この頃からキャッシングにも手を出すようになりました。

大きい買い物をするとき、手持ちのお金で足りなければキャッシングでまかなう。

それが当たり前になり、日常的にキャッシングを繰り返すようになったのです。

給料カットで返済がまわらない!

浪費とキャッシングを繰り返す生活を続けていると、30歳間近になって状況が一変します。

気づけば会社の経営が悪化し、ボーナスが消滅。

手当ても一部カットされ、手取りの給料が大きく減ってしまいました。

対照的に、消費者金融からの借入れは膨れ上がり、複数社から限度額ギリギリまで借入れている状態。

気つけば自転車操業状態に。取立てに追われる苦しい日々でした。

手取りから、家賃と返済を引いたら何も残らないため、生活費のために借入れ続けるしかありませんでした。

まさに自転車操業状態です。

次第に、返済すら難しくなってくると、連日取立ての電話がかかってくるようになりました。

「このままでは生活していけない!」

そう思った私は、各方面に相談をもちかけました。

すると、ほとんどの人から勧められたのが破産

なんでも、「破産手続きをして免責が下りれば、借金の返済がすべて免除される」とのこと。

私は話を聞いてすぐに「破産の手続きをしよう!」と決意しました。

といっても、破産について何もわからない状態だったので、まずは本などで破産について勉強することに。

その結果、私にはほとんど財産がないので、自分ひとりですべての手続きを完了させることができるとわかりました。

弁護士に頼まなくていいのならそれに越したことはありません。

私は、弁護士に頼らず自力で破産手続きをすることにしました。

※編集より補足(1)
破産を裁判所に申立てると、ほぼすべての財産(預金・車・家など)を借金の返済にあてることになります。そのうえで、まだ借金が残っている場合、なおかつ裁判所が「これ以上の返済は難しい」と判断した場合は、残りの借金の返済義務がなくなります(このことを免責といいます)。

予想外に大変!書類の準備に2ヶ月

私が地方裁判所に行って職員に破産したいと伝えると、破産に関する書類をひととおり渡してくれました。

詳しく覚えていませんが、破産の申立て用紙や、必要なものがズラーッと書かれた書類です。

発行に手続きが必要なものも多く、とても数日で準備できるようなものではありません。

特に大変だったのは、破産の経緯を詳しく記さなければいけない書類の記入です。

この書類には、「普段の生活で何にいくら使っているか」といったことまで、事細かに記入しなければなりませんでした。

家賃、光熱費、キャッシングの返済、交際費、食費など、すべて1円単位で算出して記入していきます。

しかも日中は仕事をしながらだったので、なかなか時間も取れません。

それでも自分で勉強しながら、2ヶ月かけてどうにか書類を完成させました。

余談ですが、破産の手続きを開始したことを証明する書類(受理証明書)を貸主(私の場合は複数の消費者金融)に送ると、その時点で取立てが止まります。

これだけでも、かなり気持ちが楽になりましたね。

無事免責が下りて借金ゼロに

破産申立ての書類を裁判所に提出してから免責が下りるまで1年近くかかったでしょうか。

1993年の春、無事に免責が下りてすべての借金はゼロになりました。

そのときは、何ものにも代えがたい安心感を得られましたね。

また、破産にはたくさんのデメリットがあると聞かされていましたが、実感はほとんどありません。

破産のデメリットはあまり感じませんでしたね。

破産をすると、最低限の生活必需品以外の財産はすべて手放すことになります。

しかし、私の場合 売れるものをすべて売っていたので、差し押さえはまったくありませんでした。

バイクは手放すことになるかと覚悟しましたが、査定額が0円で、通勤手段にもなっていたので手放さずに済みました。

また、しばらくお金を借りられなくなるとも聞いていましたが、そもそもお金を借りる必要もなくなったので問題ありません。

免責が下りたことに感謝し、もう二度と借金なんてしないぞ!と心に誓いました。

ちなみに、このとき破産手続きにかかった費用はだいたい2万~3万円くらい。

弁護士に依頼しなかったので、だいぶ安く済みました。

※編集より補足(2)
破産には2種類あります。同時廃止事件管財事件です。当時の斎藤さんの場合、財産がほとんどなく、免責が下りない要素も見当たらなかったので、同時廃止事件となりました。この場合、申立人の財産を換金し、借金の返済にあてる手順が省略されます。そのため、費用は数万円程度の少額で済むことが多いです(弁護士に依頼した場合は別途弁護士費用が必要です)。一方、20万円超の財産がある場合は、管財事件となります。管財事件の場合、申立人の財産を換金し、借金の返済にあてることになります。それにあたり、破産管財人が申立人の財産を管理・処分することになります(破産管財人は裁判所によって選任されます。通常は弁護士が破産管財人となります)。そのため、管財事件の場合は同時廃止事件に比べ、手間も費用も大きくなります。費用は、20万~50万円程度かかる場合が多いようです(弁護士に依頼した場合は別途弁護士費用が必要です)。

居酒屋経営に失敗!二度目の破産へ

最初の破産から10年以上経過した頃、42歳になった私は22歳の女性と再婚しました。

また、この頃には、勤めていた運送会社の経営も正常な状態に回復。

安定した収入に加え、新しい家族を得た私は、「今度こそ幸せな日々が続くだろう」と信じていたのです。

まさかの審査通過! 勢いでマンションを購入

ある日、妻と2人で街を出歩いていたら、新築マンションのギャラリーが目に触れました。

特に用事もなかったので、ひまつぶしに内覧をすることに。

すると、思いがけず素敵なマンションだったため、2人ともひと目で気に入ってしまったのです。

ただし、価格は3100万円。

ローンを組まないと、とうてい買えない物件でした。

「破産しているから住宅ローンの審査に通らないだろうな...」

私は内心そう思っていましたが、「仮審査に申込むとプレゼントがもらえるキャンペーン」を開催中とのことなので、プレゼント目当てで申込むことになったのです。

数日後、審査結果を聞いて私は驚きました。

「二度と借金はしない」10年以上前の誓いはすっかり忘れていました。

なんと、仮審査に通ってしまったのです。

私はこのとき、再びお金を借りられるようになったのだと実感しました。

思いがけない審査通過を喜んだ私たちは、その場の勢いで契約。

妻との共同名義で、35年のローンを組むことになったのです(当時、妻も正社員で働いていました)。

ただし、家計を圧迫するようなことはありませんでした。

賃貸アパートの家賃と月々のローン支払額がさほど変わらなかったので、問題なかったのです。

2人で新築のマンションに引っ越し、さらに幸せな生活を送るようになりました。

※編集より補足(3)
破産をすると、信用情報に記録されます(最長5年間~10年間)。そのため、記録が残っているうちはローンやクレジットカードの審査に通らない可能性が高いです。破産後10年以上経過している場合は、審査に通る可能性がでてきます。

夫婦ともに仕事を辞め居酒屋を開業

妻とは居酒屋で知り合っただけあって、お互いお酒を呑むのが大好き。

休日は街に繰り出し、おいしい料理屋さんを探すのが楽しみでした。

いつも「ふたりで居酒屋をやってみたいね」と夢物語を語っていたのです。

ところが、マンション購入から1年ほど経った頃、私たちは居酒屋開業について真剣に話を進めるようになっていました。

問題は開業資金です。

お互い貯金はほとんどなかったので、結局、「ローンで開業資金をまかなおう」ということになりました。

開業に必要な資金を見積もると、約600万円。

地元の信用金庫から300万円、クレジットカード会社から200万円、その他銀行2社から50万円ずつ借入れ(いずれも私名義)、どうにか資金を確保しました。

こうして居酒屋開業を実行することにした私たちは、2人同時に退職。

物件探しや店舗の内装工事、必要な備品の購入など、順調に準備を進めていきました。

そして2006年の冬、本当に居酒屋を開店させることができたのです。

今思うと、無謀すぎて恐ろしいですね。

2人とも飲食業の経験はなく、料理やお酒の勉強をしたこともないのに、いきなりお金を借りて開業してしまったのですから。

オープンから1年で支払いが困難に!

開店当初は友人が頻繁に足を運んでくれたこともあり、なかなかの盛況でした。

夫婦2人だけでは人手が足りず、アルバイトを2人雇うほど店はにぎわっていたのです。

しかし、良かったのは最初だけでした。

オープンして1年後あたりから、右肩下がりでお客さんが減っていったのです。

当時のローンの返済額は、住宅ローンと開業資金の返済で月30万円ほど。

さらに、人件費や光熱費、税金等の支払いもあります。

売上げが下がった結果、これらすべての支払いが遅れるようになりました。

最初のうちは、妻にキャッシングをしてもらい、借入れたお金でしのいでいましたが、事態は一向に好転しません。

売上げが上がらないまま妻の借入れも限界を迎え、にっちもさっちもいかない状態に。

こうして、住宅ローンの未払いが半年近く続いた頃、「マンションを差し押さえる」という通告が届きました。

焦った私たちは居酒屋を閉店させ、夫婦2人でアルバイトを始めますが、どうがんばっても焼け石に水です。

一度は自殺も考えたが...二度目の破産を決意!

私は、「今回も破産するしかないのでは?」と思い始めるようになりました。

ただ、前回とは借金の桁が違います。

未払い給与や未払いのローン、妻名義でのキャッシングなども合わせると、合計1,200万円もの負債がありました(住宅ローンを除いて)。

また、破産するとなれば二度目の破産です。

かつて人さまに多大な迷惑をかけて破産したのに、再び借金をして破産するなんて...。

私は、どうしようもないほど情けなく、自分に対して腹立たしい気持ちになりました。

これ以上、人に迷惑をかけて生きていくのが辛くなり、本気で自殺を考えたこともあります。

しかし、このタイミングで思いがけない事件が起こりました。

なんと、妻の妊娠が発覚したのです。

新しい命は、自殺さえ考えていた私を奮い立たせてくれました。

「どんなことをしてでも生きて、この子を育てなければ!」

こうして私は、二度目の破産を決意したのです。

マンションを任意売却することに

今回は、財産があるうえでの破産なので、前回より難航することは想像できました。

そこで私は、詳しい知人に相談することにしたのです。

知人いわく、「まずはマンションを任意売却したほうがいい」とのことで、任意売却に特化した業者を紹介してもらうことに。

銀行との交渉、市役所やマンション管理会社との話し合いなど、ほとんどの調整をその業者さんにお願いしました。

そのおかげで、差し押さえの手続きは一旦止まります。

このときお世話になった任意売却の専門業者の佐々木さん(仮名)は、本当に頼りになりましたね。

※編集より補足(4)
任意売却とは、住宅ローンを滞納した場合に不動産を売却する法的手段のこと。住宅ローンの返済途中でも売却することができます。売却代金は基本的に全額住宅ローンの返済にあてられますが、一部を引越し代などに利用することが認められています。

二度目の破産は弁護士に依頼

任意売却は業者に任せたので、今度は夫婦ともに破産の手続きを進めていかなければなりません。

今回は借金の規模が大きいため、自力で手続きするのは難しいです。

そこで、任意売却業者の佐々木さんが紹介してくれた弁護士事務所に依頼して手続きを行うことにしました。

私どもも、弁護士に指示された書類を用意するなどはしましたが、基本的に弁護士が手続きを進めてくれるので楽でしたね。

マンションに新築並みの高値がつく

破産の手続きが一段落した頃、佐々木さんから朗報が入りました。

なんと、3100万円で買ったマンションに2900万円の値がついたのです。

これには私も驚きました。

住み始めて2年以上経過しているのに、新築物件に近い高値がついたのです。

佐々木さんにも「この機会を逃したら次はないかもしれない」と言われ、すぐに売ることをしました。

マンションを売ったお金は住宅ローンの返済にあてられますが、少しだけ引越し代として残してもらえたので、新しく賃貸のアパートで暮らし始めることに。

このタイミングで、私は運送業の会社に就職しました。

引っ越しも就職も完了し、少しずつ生活が落ち着きはじめた頃だったと思います。

弁護士費用と税金に苦しむ

破産の申立てをしてから1年以上経過した2009年8月。

ついに私たち夫婦に免責が下りました。

前回とは金額もケタ違いでしたし、「もし免責が下りなかったらどうしよう」という不安が大きかったぶん、免責が下りたときはめちゃくちゃ安心しましたね。

マンションを売って引っ越したり、就職したり、子どもが産まれたり。

免責が下りるまでに本当にいろいろなことがありました(余談ですが、幼い我が子を乗せたベビーカーを引いて裁判所に出向いたこともあります)。

しかし、安心したのもつかの間。

二度目の破産は免責が下りたあとにも困難が待ち受けていました。

 免責が下りたことを証明する書類です。

まず、破産費用の支払いが大変でした。

弁護士費用だけで50万円ほどかかったのです(夫婦合わせて)。

とうてい一括では支払えないので、分割にして支払うことになりました。

また、私は税金の支払いも滞納していたのですが、税金は免責の対象になりません。

つまり、税金は何があってもきっちり支払わなければならないのです。

私は自治体に相談して、分割払いにしてもらいましたが、それでもかなりキツかったですね...。

さらに、子どもが産まれたため、生活費は今までよりも余計にかかります。

妻も育児で働くことができません。

子ども手当をもらっても、家計は毎月赤字です。

私は運送業の仕事に加えてアルバイトを掛け持ちし、とにかくがむしゃらに働きました。

どんなに苦しくても、破産して間もないうちはお金を借りることができないと思っていたので、「自力でなんとかしなければならない!」と必死でした。

※編集より補足(5)
さきほど、「※編集より補足(2)」で説明したように、破産には同時廃止事件と管財事件の2種類があります。斎藤さんの二度目の破産は、管財事件でした。そのため、弁護士費用を除いて20万~50万円程度の実費がかかったと思われます。

破産後で3~4年でふたたび借入れ可能に

2016年現在、私は54歳になりました。

2人目の子どもが生まれ、相変わらず厳しいながらも幸せに暮らしています。

しかし、免責が下りてから3~4年経過した頃、再びキャッシングに手を出してしまいました。

二度も破産を経験し、そのたびに「絶対に借金はしない」と誓ったのにもかかわらず、です。

R銀行のATMでお金を引き出した時、画面にカードローンの案内が表示されことがきっかけでした。

破産をしてからあまり日が経っていなかったので、絶対に審査に通らないと思ったのですが、試しに申し込んでみたら、なんと審査に通ってしまったのです。

その後、M銀行とも契約し、現在は2社から合計100万円の借入れがあります。

子どもと生活していると、イレギュラーな出費がどうしても増えてしまうものです。

普段は給料で生活費をまかなえるのですが、急な出費があるとやむなくキャッシングに頼ってしまいます。

もう少ししたら妻が働き始めるので、がんばって完済し、今度こそ借金生活とおさらばしたいと思っています。

※編集より補足(6)
さきほど「※編集より補足(3)」で説明したように、信用情報に破産の記録が残っているうち(最長5~10年間)はローンの審査に通らない可能性が高いです。しかし、実際の審査は各金融業者に委ねられるので、一概には言えません。斎藤さんのケースのように、難なく審査に通ることもあるでしょう。

借金に悩んでも命だけは捨てないで!

私は二度の破産を経験し、一時は死ぬことさえ本気で考えました。

それでも現在は家族に囲まれ、苦しいながらも幸せに暮らせています。

日本では、借金苦で自殺する人が少なくないようです。

そんな人たちには、声を大にして「命だけは捨てるな!」と言いたいですね。

こんな私でもなんとかなったのですから。

※編集より補足(7)
2015年に経済的な理由で自殺した人数は、およそ4,000人にものぼります。

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