高給取りから突然の無職。アメリカでの失業保険、借金生活で学んだこと【体験談】

夢の国際結婚から一転、生活に困って、夫の実家を頼って渡米。

しかし、仕事が見つからない夫、無保険のため借金をしての出産、日本に帰りたくても帰るお金もない。どん底の海外生活で、貧乏と孤独とをいっぺんに味わった私の体験談です。

体験者の情報

名前:浅田 真美(仮名)
職業:主婦
年齢:28歳
お金に困った理由:主人の退職など
必要だった金額:50万
時期:2010年12月~

高給取りからいきなりの無職へ

私の主人はアメリカ人です。
彼は米軍の軍人で、赴任先の日本で私と知り合い結婚しました。

彼は軍人としてランクが高いわけではありませんが、軍から家賃や光熱費の補助などがあり、また私自身もOLとしてそれなりの給料をもらっていたので、生活は裕福な方だったと思います。

やがて子供にも恵まれ、私の人生はとても順調でした。

ところが主人が突然病気になり、入院してしまいます
手術は成功したものの、安静が必要となり、仕事を長期で休むことになりました。

軍では病気休暇を許可してくれましたが、給料の支払いはありませんでした。
その上、当時私は二人目の子供を妊娠中で、家族を養っていくことはできません。

入院費用は軍内の病院であったため無料でしたが、家賃に20万、光熱費3万円、食費5万円と、生活費は月に30万円ほどかかっていたのです。

こうして2ヶ月もしないうちに、私たちの貯金は残り10万円になってしまいました。
手元にある10万円が0にならないうちに、家族のこれからを考えなくてはいません。

主人は職場に復帰しても、以前と同じように過酷な軍の仕事ができるか分からない不安があり、結局退役することになりました。

そしてわずかな貯金で、私と子供の航空券を購入し、家族で故郷のアメリカに行く決意をしたのです。

しかし病気から退職まで、すべてが急な出来事で、私たちは何の準備も知識もないまま、アメリカへ出発しました。

自由の国で窮屈に暮らす毎日

アメリカへ移り住んだ私たちは、主人の仕事が決まるまで、彼の実家に居候をさせてもらうことになります。

主人の実家には、義母と義理の妹が二人、そしてちょうど生まれたばかりの義理の妹の赤ちゃんがいました。

彼の家族は、最初私たちを歓迎してくれましたが、1ヶ月ほどで空気が変わっていきます。

私たちは失業保険のみで生活しているので、実家へ入れられるお金はごくわずかでした。

貰っていた失業保険は2週間に700ドル(当時のレートで6万3千円くらい)で、そこから家賃に300ドル、食費として300ドルを義母に支払っていました。

さらに残りで車のローンを支払い、子供のおむつなどを購入するのです。

一方、義母から見ると、突然3人も住む人が増えたので、食費から光熱費まで、おそらく想像を超えるお金がかかったでしょう。

当時、この家でまともに仕事に就いていたのは義母だけ。

義理の妹の一人は、20歳になったばかりのシングルマザーで、アルバイトをしながら子供を育てているために、実家にお金は入れられない状態。そしてもう一人の妹はまだ高校生でした。

義母は離婚しているため、わずかな収入で子供二人に孫、そして私たちを養ってくれていたのです。

 

義母はだんだんイライラするようになり、主人も仕事が見つからない焦りで、二人はけんかが絶えませんでした。

私は毎日聞く怒鳴り声に萎縮するばかりです。

妊娠中の私は次第に大きくなっていくお腹にを抱えながら焦りを感じ、言葉や食事など、慣れない環境も手伝って精神的に追い詰められていきました。

なぜこんなことになってしまったのか。どうしてアメリカになんて来てしまったのか。

何度も黙って日本に帰りたいと思いましたが、飛行機のチケットを買うだけのお金もないのです。
チケット代は私と子供だけでも20万円はかかります。

たったの20万円、日本にいる時ならポンと払えていた金額だと思うと、情けなくて涙が止まりませんでした。

病院に借金をして出産

私は妊娠後期に差し掛かっていましたが、保険が無いため妊婦検診にも行けませんでした。
主人と子供たちは、義母の扶養家族として社会保険に加入できましたが、私は血のつながりがないので加入できないと断られていたのです。

無事に育っているのだろうか?逆子だったりしたらどうしよう。
出産予定日に近づくにつれ、不安はどんどん増していきました。

「無保険で子供を産む場合はどうなるの?病院で出産させてもらえるのよね?」
私は不安のあまり夫に尋ねます。

「無保険でももちろん病院で出産させてもらえるよ。支払いは後払いになって借金として残るだけだ」と夫。

すでに車のローンを抱えていたので、「借金がまた増える」と思い、私は気持ちが重くなりました。
失業保険では食べていくのがやっとで、借金を返すなんてとてもできません。

しかし肝心の主人は現実から逃げて、ゲームをする日々。
仕事を真剣に探してくれませんでした。
私はもう限界です。

子供が産まれてきても不幸だね、どうしてもっとちゃんと考えなかったんだろう」

私の言ったこの一言が、主人にはとてもショックだったようです。
それからはゲームも止め、毎日何件も色々な企業に売り込みをしてくれました。

しかし仕事が見つからないうちに、私は二人目を出産することになります。

出産費用は3千ドル(当時で24万円くらい)。
病院への借金なので取り立てなどはありませんでしたが、返済しなくてはなりませんし、長い間記録に残ります。

ようやく見つけた仕事と新しい居候先

その後主人がようやく倉庫の仕事を見つけました。

しかし給料(時給)は、私たちの住むオクラホマ州での最低賃金(6ドル55セント)で、失業保険よりは少しましな程度です。

それでも生きていくために、主人は朝から晩まで働き、夜の9時からは職業学校に通うという生活を始めました。

家を借りるほどのお金は無く、義母の負担が大きくなり過ぎたので、私たちは次に夫の叔母の家に居候することになりました。今度の家は叔母と叔父、その娘の3人家族です。

しかし、この叔母の家では、実家よりももっと肩身の狭い思いをすることになりました。

「あんたの子供たち、食べこぼしがひどいからキッチンでご飯食べるようにしてよ」
「よく食べるわねー、食費がかかってしょうがないわ」

などと、私は伯母さんから毎日のように嫌味を言われ続けたのです。

この頃、私を支えてくれたのは、日本の母からの小包でした。
重さや大きさにもよりますが、日本からアメリカへの小包の送料はおよそ1万円以上。
中身よりも送料の方が高くつきます。

それでも母は、子供へのおもちゃやお菓子、私のために日本食などを、高い送料を払って送ってくれたのです。

この日本からの贈り物がなければ、私は本当におかしくなっていたと思います。

そして私は何度も何度も母に、帰りたいからチケット代を貸してくれないかと頼もうとしました。

しかし私と子どもたちのために、寝る間も惜しんで働いてくれている主人のことを思うと、それはできません。
だから今はこの苦労を受け止めようと、私は歯を食いしばって我慢しました。

アメリカでの節約生活

このような生活を送って8ヶ月ほど経った頃、主人の職業学校が終了し、新しい就職先が見つかりました。
そして小さなアパートを借りて、ようやく家族4人で暮らせるようになったのです。
伯母さんの家で嫌味を言われ続けた私にとっては、家族だけで暮らせることはこの上ない喜びでした。

しかし生活が豊かになった訳ではないので、私はやりくりを工夫し、節約を心がけました。

食費を抑えるために低所得者向けのスーパーで買い物をし、子供たちの洋服や家具はすべてリサイクルショップで購入します。

それでも給料日前になると、財布も口座も冷蔵庫も空っぽになり、小麦粉とキャベツだけでお好み焼きをしたり、袋のラーメンを家族で分け合い食べるときもありました。

私のノートパソコンも何度も質屋と家をいったりきたりしました。
電気を止められ、テレビを質屋に入れて支払いをしたこともあります。

ちなみにアメリカの質屋もシステムは日本と同じです。
ただし田舎の場合は、ブランド物などは売れないために質草になりにくく、扱ってくれるのは電化製品がメインになっています。

他にお金を借りる手段としては、アメリカにもカードローンのようなものがありますが、金利が高いです。

私たちも一度だけ利用しましたが、500ドル借りて翌月返したら、575ドルかかりました。
(日本で言うと5万借りて5万7千500円、高いですよね)

還付金で借金を返済

その後抱えていた借金は、すべてTAXリターンで返済しました

これは源泉徴収のように毎月の給料から支払いすぎている分が翌年に戻ってくるシステムです。
アメリカはどの州も税金が非常に高く、そのために多くの人がこのTAXリターンでかなりの金額を還付されています。

特に子供のいる家庭で普通に仕事をしていれば、1千ドルから2千ドルは戻ってくるでしょう。
普通の人はこの還付金をボーナス感覚で使い、旅行に行ったり家のローンを繰り上げ返済したりしています。

しかし我家の場合は、戻ってきた金額が直接政府に差し押さえられ、そのまま支払いに充てられてしまいました。

どこに借金があるかにもよりますが、民間企業での借金であれば、政府による差し押さえはなく、自分で返済します。
私たちの借金は、政府が管轄するものばかりだったので、こちらの手元に戻ってくることはなかったのです。

そして今年のTAXリターンで、ようやくすべての借金を返済することができました

生活も徐々にですが楽になってきています。
そして私も「節約することが楽しい」と感じる余裕も出てきました。

しかしあの居候生活がなければ、この状況もきっと「貧乏で耐えられない」と思ったかもしれません。
苦しい思いをしましたが、自分には必要な経験だったのでしょう。

日本で何不自由なく暮らしていたときには気づきませんでしたが、家族だけで暮らせるということがどんなに幸せか、今改めて知ることができました。

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