女性の債務整理。買い物依存からの借り入れ、完済までの流れ【体験談】

ストレスから買い物依存になり、消費者金融などから借入れを重ね、最終的には債務整理をした体験を語ってくれた鈴木さん

「銀行員はお給料が良い」という印象を皆さんお持ちでしょう。

しかし、銀行員は初任給が非常に低いことでも知られています。

また銀行の預金者を増やすための営業努力も大変で、お金のかかる仕事でもあるようです。

今回は大手の銀行に就職したものの、ストレスから買い物依存になり、消費者金融などから借入れを重ね、最終的には債務整理をしたという女性からお話を聞くことができました。

体験者の情報

名前:鈴木 里美(仮名)
性別:女性
当時の職業:銀行員
当時の年齢:22歳~30歳
借金の合計額:1,000万円以上
会社名(借入先):アイフル・プロミス・モビット・三井住友VISA・楽天銀行・SBIクレジット・セゾン・NICOS・JCB・OMC・DC
利用時期:1998年頃~2006年6月

銀行勤めのストレスから買い物依存になったキャリアウーマン

お話をうかがったのは鈴木里美(仮名)さん、38歳。現在は金融や自動車関連の業界紙の記者をされているキャリアウーマンです。

彼女は過去に銀行に勤めていたことがあり、仕事のストレスから買い物依存になったそうです。その結果、複数の業者から1,000万円以上の借入れをしました。

今回は借入れを重ね債務整理をすることになった経緯と、債務整理後クレジットカードのない生活をどのように乗り切られているのかを中心に、お話を伺いました。

営業協力という名目で巨額の出費

― 消費者金融から借入れをされたきっかけは?

銀行の総合職だった、どこか華やかな印象の鈴木さん

最初は生活のためでした。

就職1年目23歳の時でしたが、大手銀行の総合職として入行したのに、手取りが20万円を切るくらいで。

当時はどこの大手銀行でも初任給はそんなものだと思います。

一人暮らしでしたから、それなりに生活費もかかるし、月々の収入では足りなくなって。キャバクラ勤めをしている先輩も多かったですよ(笑)

最初に借入れをした業者はプロミスで、勤め先の信用度も高かったから審査もすんなり通りました。

最初は限度額50万円、この頃はグレーゾーン金利が撤廃される前だったから金利は29%と高かったです

それを借りたり返したりしているうちに、限度額が勝手に増額されていって、最終的には限度額は200万円になりました。それをリボ払いで返済していく訳です。

最終的には限度額いっぱい使ってしまって、月に6~7万円払うようになっていました。

この頃になると、生活費の為というより、会社の付き合いとかお客さんへの営業協力のためにお給料のほとんどが飛んでいっていました。

例えば1,000万円入れてもらう代わりにお客さんのところの商品を買う、といったかんじです。

週末ごとに宝石・毛皮・洋服の販売会があって、100万円もするダイヤモンドをローンで買ったこともあります。

一般職の私ですらそうでしたから、営業や窓口業務の人はもっと大変だったでしょうね。

次に利用したのがアイフルで、プロミスから借り入れした3~4年後のことだったと思います。

アイフルはプロミスの返済のために借りたようなものですね。

最初は限度額50万円だったのですが、これもすぐに100万円まで上がりました。

― 銀行にお勤めなのに、ライバル?の消費者金融から借りることに抵抗はないのですか?

銀行に勤めていても消費者金融を利用している人は結構多いですよ。事実、私も先輩から消費者金融を教えてもらったくらいですから(笑)

銀行と消費者金融はライバル関係とか思われがちですが、そんなことは全くないです。

当時の審査では、会社に在籍確認の電話が1本あっておしまいでした。

在籍確認の電話にも抵抗はなかったですね。

まわりも付き合いで20枚くらいカードを持っているのが当たり前という状況でしたから。電話がかかってきても誰も気にしなかったと思います。

その後3社目以降は本当にあっという間で、持っていたクレジットのキャッシング枠を次々に使いました。

セゾンは70万円、三井住友VISA、NICOS、JCB、DC、OMCではそれぞれ限度額が10万円で、金利は良く憶えていませんが、18%くらいだったと思います。

一度は完済、しかし...

― 返済は順調だったのですか?

毛皮・宝石...、暗い過去のはずなのに、彼女から話を聞くと、なぜか華やかなことのように聞こえてきました。

お金をかき集めて、5年目に一度完済しました。

ブランドの靴やバッグ、宝石の類を全部売ってお金も作りました。ちなみに100万円で購入したダイヤモンドの買い取り価格は18万円でした(笑)

「まぁそんなものかな」という感覚で、最終的には全部で100万円くらいにはなりましたね。

それとこの時期に、家族の相続で300万円入ったりしたので、合わせて400万円くらい返済することになりました。そのくらい借金がかさんでいたということですね。

再び借入れ最大630万円の借金

― 完済後も再び借入れをされたのはなぜでしょうか?

やっぱり銀行に勤めている限り、色々な付き合いを断れないし、出費も減らないからです。

さらに会社から英会話を習うように言われて、その授業料も必要でした。

ベルリッツという英会話教室だったのですが、ものすごくお金が掛かったんですよ。300万円くらいは投資したかもしれません。

でも一番の理由はストレスから買い物依存症になったことでしょうか。

営業協力と言っても別に無理して買う必要は無いんですよね。ただ、買い物をするとスカッとする。

でも家に帰ってくるとなんとなくモヤモヤして「買わなきゃ良かった」と後悔して、更にストレスを溜め込むみたいな(笑)

結局、借りては返す生活に逆戻りで、一度完済している実績で業者からも簡単に借りられるし、気付けばプロミスから200万円、セゾンから70万円、アイフルから100万円、モビットから50万円、楽天から30万円、SBIから50万円、他にもクレジットカードのキャッシング枠を手当たり次第借りて、借金の総額が630万円になっていました。

こうなるまでにかかった時間は、たったの2年足らずです。

― 投資しただけの見返りはあったのでしょうか?

営業協力というか、これだけ投資をしたし、それなりに会社の中でもステップアップはできたと思います。

月収も40万円、ボーナスも100万円くらいになっていましたし。

月々の返済は18万円くらいで、ギリギリではありましたが、遅延もなかったですし、どうにかやっていたんです。でも疲れてしまったというか、このままで良いのかと考えるようになって。

大きな銀行に入って、プライドだけでやってきたんじゃないのかなって。こういう生活は人間的ではないですよね。

慕っていた先輩も結婚していなくなってしまうし、もう潮時かなと思って。

仕事をやめて債務整理を決意

― 債務整理を決意したきっかけは?

ところどころキャリアウーマンとしてのプライドも垣間見える鈴木さん。

結局2006年に勤めていた銀行を辞めて、今の会社に転職をしました。でも給料は激減してしまって、今までのように返済していくのが難しくなりました。

それで借金をどうにかしようと思い立って、ネットで債務整理を請け負ってくれる事務所を探しました。

とりあえず会社の近くにある所をいくつか選んで、実際に自分の足で訪ねて、最終的には「感じの良さ」が決め手だった行政書士さんにお願いすることになりました。

「感じの良さ」を重視したのは、債務整理に対して「なんとなく怖いな」という気持ちがあったからです。

しかも当時は債務整理や過払い請求が話題に上り始めた時期で、弁護士さんはどこも忙しそうで対応がイマイチだったんです。

そんな中、たまたま訪ねた行政書士さんが、とても感じが良くて「こういう人なら良いな」と思いその方に決めました。

― 債務整理はどのように決着がつきましたか?

過払い請求で20万円返ってきました。あとは任意整理で月々18万円払っていたものが、8万円まで減って

正確には最初の2年間が8万円で、あとの3年間が6万円の5年計画でした。

よく「圧縮する」とか言いますけど、圧縮ではないです。ある程度利息も払う必要がありましたから。

ただ月々の負担が減ったことと、毎月の金額がハッキリするのは良かったですね。

この手続き自体は申し込んでから1週間かかりませんでした。

一本化するのではなく、それぞれに返済をする必要があったのですが、次の日にはすべての業者に交渉してくれたくらいですから、とても仕事が早いかただったのでしょうね。

業者のほうもだいたいすんなり応じてくれたみたいです。

ただ某銀行からは「こんなことしやがって、このやろう」的な内容の手紙が届きました。

私はビックリしたのですが、行政書士さんは「無視して大丈夫ですよ」とおっしゃって。最終的には全てこちらの意見が通りました。

― 転職して収入が減って、返済がきつくなかったですか?

転職をして収入は半分の20万円くらいになりましたが、月々の負担も減ったので、なんとかなりました。

それまでも返済分の18万円を払うために、固定費を抑えたり、努力はしていましたし、返済に充てるお金の割合自体は変わらないというか、慣れれば平気でしたね。

もちろん貯金をするほどの余裕はなかったですが。

最終的には5年かかるところを、繰上げ返済しながら4年で返し終えました。

ただ完済後、業者から「完済証明書」をなかなか送ってこなくて、こちらから催促の電話を掛けたことがあったのですが、最初の電話をとった女性からいきなり男性社員に電話をかわられて「何の用ですか」とちょっと怖いかんじで言われたので、ひるんでしまいました。

こちらとしては「すべて終わった」という確証を得たい訳ですが、相手は面白くないですよね(笑)

まぁ、結局は借入れの時に作った書類も返してもらえて、その完済証明書と一緒にファイリングして保管してあります。

クレジットカードのない生活をどう乗り切るか

― 債務整理をしてクレジットカードが使えないと不便ではありませんか?

最期まで物腰柔らかく、笑顔で語って下さった鈴木さん

そうですね。実際にカードの無い生活を送るようになって「今までこんなにカードに依存していたんだな」と思い知らされました。

インターネットのプロバイダもスポーツクラブもカード決済が普通で、プロバイダは銀行振り込みにすると手数料が315円も取られてしまうんです。それってすごく損ですよね。

あと海外で飛行機を利用すると、手続きのミスでお金が返ってくることが時々あります。そういう時に「クレジットカードを持ってないのですか?」と言われて困ることがあります。

他にも毎月定期購読するような本の代金だとか、携帯の支払いもクレジットカードのほうが手続きも簡単で便利ですよね。

そこでどうしてもカードで決済したい時は、デビットカードを使うようにしているんです。

― デビットカードとはどういうものですか?

見た目はVISAカードと変わらないですね。実際にVISAのロゴが入っているし。

ただカードの中に入っているお金しか使えません。鉄道のSuica(ICOCA)のようにチャージをして使うカードです。

でも最近デビットカードを使える会社が減ってきていて困っています。

私は楽天銀行とスルガ銀行のデビットカードを持っていますが、今はプロバイダの引き落としにすら使えません。

それでも買い物をした時にポイントが付けば、それで十分かな、と。

― 他にクレジットカードの無い生活を乗り切る知恵があれば、教えてください。

自分のカードが無くても、主人と一緒に買い物に行って、彼のカードを使うことはできます。でもすぐに銀行振り込みで返すようにしていますよ。

あとは一人で買い物する時も、デビットカードが使えなければ我慢するとか。工夫と言えるか分かりませんがこんなところでしょうか。

最初の2年くらいはカードが無いことが辛かったですね。でも今は慣れてしまいました。

あと私は実行していませんが、海外でカードを作るという裏技があるそうです。もちろん違法ではありませんよ。カードの審査基準は国ごとに違いますからね。

ただ、そのためにはその国の銀行口座が必要です。しかもドル決済になるから、円高だと損をすることもあるかもしれません。

ただ海外旅行を頻繁にするなら、持っていると便利でしょうね。

インタビューを終えて

終始、物腰柔らかで、笑いを交えながら過去の出来事を語ってくれた鈴木さん。

今はすべての借金を払い終え、クレジットカードが使えないという不便を感じながらも自分を律しながら生活をされているようです。

彼女のように一度債務整理を行うと5年間は信用情報に記録され、新たな借入れはもちろんのこと、クレジットカードも作れなくなります。

クレジットカードはネットショッピングをはじめ、プロバイダ料金の支払いや海外旅行などで必要になるので、利用できないと不便さを痛感するでしょう。

ではクレジットカードを持つことができない場合は、どうすれば良いのでしょうか?

鈴木さんのように家族カードやデビットカードを活用することも一つの手です。

デビットカードはクレジットカードと異なり、即時決済されるため、原則として審査がありません。

また口座に残高がないと決済ができないので、使いすぎる心配もありません。

上手に活用することで、オンライン決済など、クレジットカードと同等の役割を果たしてくれるようです。

また過去に債務整理した人でも、クレジットカードの「家族カード」を他の家族に作ってもらうことは基本的に可能です。

もし事故歴がある家族がいても、審査に影響することはありません。

ただし支払い義務は主契約者にありますから、家族の信用に傷が付かないように、節度を持って利用することが大切です。

→債務整理の弁護士事務所を徹底比較。費用、対応地域、実績、顧客対応

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