夢の脱サラ・独立開業からまさかの借金生活へ。民事再生で命拾いした体験談

飲食店の開業には様々な資金が必要になります。自己資金で初期費用全額を支払う方、借入で全額補う方、色々な方法があります。
私は、初期費用約1,000万円の内、約500万円を自分の貯金から、残りの約500万円を借入で補いました。ところがこの借金が予想以上に膨らんでいったのです。

自営業は自由に仕事ができますが、現実は会社員のころよりも不自由でした。

体験者の情報

名前:岸本 良一(仮名)
性別:男
当時の職業:飲食店経営(自営業)
当時の年齢:36歳(開業時)、42歳(民事再生手続開始時)
会社名(借入先):横浜銀行、日本政策金融公庫、アコム、武富士、プロミス、オリコ
借入件数:6件
利用時期:平成17年~平成23年
最大抱えた借金の合計額:約5,000万円
債務整理の種類:民事再生
債務整理費用:75万円
債務整理をしていた時期:平成23年から現在に至る

脱サラから開業

大学卒業後、私は料理人を志し、イタリア料理店に就職しました。このころから将来は自分のお店を持つことを夢見ていました。最初は下働きですが、開業資金を貯めるために日々仕事に励んでいました。

就職して10年ほど経ったころに結婚し、同時に3,500万円のマンションを購入。当時の手取り月収は約35万円で、妻の手取り月収は約30万円です。毎月の住宅ローン(横浜銀行)の返済額はおよそ12万円でした。

就職から12年経つと、私は仕事を辞めて独立し、イタリア料理店を始めます。貯金は目標の1,000万円が貯まり、初期費用500万円をそこから用意。残りの約500万円は日本政策金融公庫からの融資で補いました。

住宅ローンと日本政策金融公庫への毎月の返済額の合計は約17万円でした。当時は妻の収入が毎月約30万円あったので、軌道に乗るまでは妻の収入と貯金で何とか生活できると考えていたのです。

初期費用の内訳は、補償金を含めた店舗賃貸にかかった約250万円、冷蔵庫や調理設備にかかった約500万円、ホームページ作成料金約50万円、材料費に約100万円、広告費に約100万円です。

集客の失敗と多額の広告費

私のお店は神奈川県にあり、小田急線沿いの駅から徒歩約15分のところにありました。もともと駅前に出店するつもりはなく、住宅街で気軽にイタリアンを楽しめるようにと思っていたのです。

当然お客さんが来なければ私の収入はありません。
初期費用の内約100万円をかけてチラシを作成し、周辺に配ってもらいました。

その効果もあり、最初の月は約50万円の手取りがありました。

当時の私は成功を確信し、イタリア料理の提供だけでなく、おいしいワインも楽しめるお店にしようと考え、ワインを仕入れるように。せっかくなら高級なワインがいいと思い、開業から2か月目におよそ100万円をかけて様々なワインを調達したのです。

しかし2か月目は思うようにお客さんが来なくなり、その月の手取り月収は約10万円しかありませんでした。広告を出していなかったことが原因であると考え、3か月目に向けて約100万円をかけて最初と同じ方法でチラシを周辺に配ります。

ところがお客さんの数は増えず、3か月目の手取り月収も約10万円しかありません。

そこで私はお店周辺だけでなく、もっと広域にチラシを配ろうと考えました。そして貯金から約300万円を用意して、チラシのデザイン制作や配布、雑誌掲載等あらゆる方法で広告を出しました。

「お金をかけなければお客さんは来ない」
「お金をかけた分、リターンがある」

私は、このような考え方で広告を出していたのです。

広告を出したおかげで5か月目の手取り月収は約30万円に。さらに継続的に広告を出すために約100万円を用意して、広告に力を入れました。

ところがこの時点で私の貯金はほとんどなくなっていました。
広告を出すことによって、小さな手ごたえはありましたが、蓄えは減る一方だったのです。

「最初の一年は苦しいものだ。」
と自己暗示をかけるかのように、闇雲に広告にお金を費やしていく日々。

8か月目には、約80万円の手取り月収を得ることができ、お客さんの数も徐々に増えてきたので、従業員をアルバイトで2人雇うことになりました。

そのためさらなる集客が必要であると考えた私は、武富士から300万円の借入をして広告費を用意。お店の周辺だけでなく、お店から近い東京都の町にも、神奈川県の人口が多い町まで手を広げてチラシを配りました。

しかし、お客さんの数は劇的に増えることはありません。
さらにアコムから200万円の借入をして、雑誌に取材に来てもらったり、駅前に看板を出したりしました。

開業後1年経つと、手取り月収は約50万円で一見安定しているかのように見えました。しかし当時の毎月の返済額は約22万円で、債務総額は約3,500万円になっていたのです

そんな時、私の母が介護が必要な状態になってしまい、一緒に生活をするようになりました。妻が仕事を辞めて母の介護をするようになり、一家の収入は、私の収入と母の年金のみになりました。

手応えのない広告

開業2年目はさらにお店を繁盛させようと考え、今まで以上に広告にお金をかけるようになっていきます。

プロミスから約200万円、オリエントコーポレーションから約100万円の借入をして、インターネット広告を始めました。

しかし私のお店は住宅街にあり、都心からの交通の便が悪いため、インターネット広告は全く意味がなかったのです。

売上の悪い月は、借入をして生活費を用意することもありました。

2年目の平均手取り月収は約50万円でしたが、毎月の返済額は約33万円で、当時の債務総額は約4000万円でした。

美味しいのになぜ?

「広告はもう十分だ。あとは自然にお客さんが来る。」
当時の私は、多額の広告費を出していたので、お店は十分知られていると思っていました。

次第に口コミでお店の情報が広まり、店がはやるだろうと考えていたのです。

ところが、広告をまったく出さなかった3年目の平均手取り月収は約30万円で、毎月の返済額は約35万円でした。

生活費のために借入をする日々がこの時から始まってしまったのです。債務総額は約4,500万円になってしまいました。

料理の味は問題なく、ワインも美味しい、そしてお店も綺麗です。
広告も十分出したのに何が悪いのか分からず、悩み続けました。

3年目から5年目にかけてその状態が続き、開業から5年が経つと、平均手取り月収約30万円に対して毎月の返済額は約40万円、債務総額は約5,000万円にも上っていたのです。

夢破れる

開業から6年目に入ると、私にはもはや店を切り盛りする自信は残っていませんでした。お金ばかりかかってしまう広告を、上手く利用する方法が思いつかなかったのです。

また介護に専念しているため日々のストレスが溜まっている妻には、これ以上負担をかけたくないと思いました。

まず私はお店を閉める前に専門家に相談することを決心。弁護士に相談をしたところ、このような経営状態では、返済を続けることは非常に難しいと言われました。

この時点で私は、夢を諦めたのです。

しかし身体が不自由な母のためにもどうしても自宅を手離したくなかったので、弁護士に無理を言い、民事再生手続を進めてもらうことになりました。

民事再生手続とは、私のように不動産を所有していて、住宅ローンが残っているときに利用できる制度。住宅ローンはそのまま返済を続け、その他の借金が5分の1程度に縮小されて、それを3年から5年かけて債権者に返済していく手続きのことです。

どうしても不動産を手放したくないという方が利用することが多いようです。
ただし、安定した収入がなければこの制度は利用できません。ただし、アルバイトでも安定した収入とみなされることが多いようです。

手続をする上で私が行ったことはほとんどありません。弁護士の先生が行ってくれましたのでとても助かりました。

唯一行ったことと言えば、弁護士の先生と裁判所主導のもと、お店の売却手続を進めたことで、私は買い手を探しただけです。

幸いなことに、同業者が買い手となってくれたため、1カ月程度でその手続も終わりました。

相談から申立までは約1年かかり、平成24年から返済がスタートしました。私の場合は、5年間かけて返済を続けることになりますので、平成29年までかかる予定です。

弁護士費用の75万円は、母の貯金から出してもらい、これで苦しまなくて済むとようやく救われた気分になれたのです。

幸いにも知り合いの紹介があったので、私の就職先はすぐ某イタリア料理店に決まりました。ここでの手取り月収は約40万円です。

弁護士の尽力もあり、なんとか民事再生手続が開始され、圧縮された債務を返済していくことになりました。夢であったお店や財産はほとんど無くなりましたが、自宅を残せたことが唯一の救いです。

現在も、毎月約18万円の返済を続けているところです。

自分のお店を持つ夢は諦めましたが、手取り月収約45万円でしっかりと生活をしています。仕事も自分の好きなことをやっているので、私は恵まれていると考えています。

そして、自営業のころよりも自由であることに、今、改めて気付かされるのです。

自営業とは、人脈や様々なノウハウがなければ痛い目に会う。
下積み時代に培うのは、技術だけではない。

これが私が自営業で失敗をして気付かされたことです。
もちろんこれだけではないことは十分わかっていますが、それに気付かなかった私は、独立するタイプの人間ではありませんでした。

何度も足を運んでくださったお客さん、文句一ついわなかった妻や、私のわがままにとことん付き合ってくれた弁護士及びその事務員の方々、ずっと見守っていてくれた母、困った時には手を差し伸べてくれた友人同業者。

振り返ると何もできなかった自分が非常に恥ずかしいです。

今後は、今の仕事で周りの人々を幸せにすること。少しおこがましいですが、それが今の私の夢なのです。

→ 【ビジネスローン徹底比較】都市銀行・地銀ノンバンクのレビューまとめ

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