借金の保証人になったがために最後は500万を肩代わりすること【体験談】

友人の保証人になった結果、多額の返済を抱えてしまった私たち夫婦。

失業・病気などのアクシデントも重なり、破産寸前になってしまいます。

債務整理を行なって何とか持ち直すことができましたが、その後も生命保険の契約者貸付を利用するなど、何とか生活をしている日々です。

体験者の情報

名前(仮名):中田 さやか(夫・和俊)
性別:女性
職業:フリーランス(夫・会社員)
年齢:現在47歳(夫・39歳)
保証人を頼まれた相手:友人(39歳)
保証人となった金額:500万円
お金を貸した相手:前夫(49歳)
お金を貸した金額:30万円
時期:2007年〜

保証人を頼んできた友人が夜逃げ

私たちの夫婦は、子供を持たず共稼ぎという、いわゆる「DINKS」です。

貯蓄はしていませんでしたが、経済的に逼迫するほどではなく、夫婦で有意義な毎日を送っていました。

2007年のこと、夫婦共通の友人から500万円の保証人を頼まれます

これは国民政策金融公庫(現:日本政策金融公庫)からの借入でした。

この友人は主人の幼なじみで、彼の奥さんを紹介したのは私という、親しい間柄。

友人は商売をしていましたが、当時かなり苦しかったようで、新しい事業をしなければ、将来的に厳しい状況になるということでした。

私たちは新規業務に関する計画書を見せてもらいましたが、危ないことはなさそうです。

しかも彼は、その時生まれたばかりの子どももいました。

そこで「二人とも働いているし、何かあっても大丈夫だろう」と思い、保証人を承諾しました。

ところがその後、その友人はますます苦しい状況に陥ってしまいます。

というのも友人が取引していた、新しい業務の原料仕入先が、詐欺のような会社だったのです。

不良品を送ってきたにも関わらず、その苦情が来ても知らんふりで、責任はすべて友人が背負うことになってしまいました。

しかも友人は営業力がありましたから、かえって被害が拡散してしまったのです。

結局500万円の投資はまったく利益を生まず、友人は夜逃げ同然で姿をくらましてしまいます

こうして政策金融公庫への返済は、保証人である私たちが行うことになりました。

もちろんこうなる可能性は、「連帯保証人」になった時点で覚悟はしていたのです。

しかし月々8万円を超える返済額
それでもなんとかするしかありませんし、なんとかなるはずでした。

乳がん発覚

ところが、このような時には、悪いことが重なるものです。

私の勤務先が、いきなり経営破綻に追い込まれ、事実上の倒産となってしまいました。

再就職に向けて動き出していた矢先、今度は私に乳がんが見つかります

ごく初期ではありましたが、こんな身体では就職活動どころではありません。

手術と入院にかかる金額はおよそ24万円、わずかな定期預金を解約して備えました。

しかしちょうどそのお金を用意した時に、また別の知人から「30万を貸して欲しい」と言われます。実はこの知人とは、以前婚姻関係にあった前夫です。

前夫は「必ずお返しするから、今回だけは助けて欲しい」と今の主人にも話をしました。

前夫は親友の会社で働いていましたが、ある仕事の支払いが滞らないように、お金を準備しておきたいというのです。

私は彼の話は信憑性がないと思いました。

彼が会社のお金を使い込んだのではないか?とも考えられます。しかし彼は必死でした。

今の主人は「これは手術のためのお金だから、返してもらえなければ、嫁さんに死ねと言ってるようなものだ」と前夫に言いましたが、それでも「大丈夫」と言い張るので、結局貸すことになります。

手術にはまだ日がありましたし、「必ず返してね」と言って30万円を手渡しました。

手術代を消費者金融で用意

ところが期日が過ぎても、前夫からは何も言ってきません。

「どうなっているの?」とこちらから連絡を入れると、相手は「すまない」というばかりで、返せないようです。

「そういう事なら早く話して欲しかったし、手術代だということは言っていたよね」と嫌味を言いましたが、こういう時は結局「貸している人間」の方が弱いものです。

そもそも前夫はお金にだらしのない人間で、私はかなり苦労させられました。

お金がなくなって、電気や水道が止まり、債権者からの督促の電話や呼び鈴の音に怯えたこともあります。

挙句の果てには、私の身を守るはずの生命保険を使い込まれました。

私は当時、貯蓄性が高いドル建ての終身保険に、入院などの保障が付いている生命保険を持っていたのですが、彼に勝手に解約されてしまったのです。

現在、生命保険の解約は「面前自署」などコンプライアンスが厳しく、本人以外の人間が勝手に行うことができないようになりましたが、当時はこうしたこともあったのです。

こうして前夫との生活は崩壊しました。

今回も前夫からの返済はなく、彼はその後、私たちの前に現れることはありませんでした。

結局手術代は今の主人が、アコムから50万円の枠で借りてくれました。金利は18%です。

消費者金融で借金をするのは、今の主人にとっては初めてのことでした。
しかし今回は病気を治すことが先です。

幸いかなりの早期発見でしたから、抗癌剤治療などはなく、入院費用は50万円を越えることはありませんでした。

借金を重ね末期状態に

ところが退院してからの生活は、私が働けないことが響き、かなり困窮してしまいました。

実は私自身が、すでにいくつかの消費者金融からお金を借りていていたのです。

借りていたのは、シンキ、キャスコ、ユニバーサル、三和ファイナンスの4社でした。

金利は、シンキ融資枠50万円とキャスコ融資枠50万円が29%程度、ユニバーサルと三和ファイナンスはそれぞれ100万円枠で、利息が23%程度だったと記憶しています。

残債としてはシンキが40万円程度、キャスコは30万円、ユニバーサルと三和ファイナンスが20万円を切っていました。

このうち均等払いにしていたユニバーサルと三和ファイナンスは完済が近づいていたのです。

これらの借金は、前夫との結婚中に借りたものでしたが、すべてどれも返済が滞ったことはありません。

過払い金返還請求をするのであれば、完済後でないと信用情報に響くといわれていたので、私はおとなしく返済していたのです。

ところが退院した当時、私の返済は月に11万円以上あり、主人も保証人の分に、今回のアコムからの借金が重なって月11万円の返済がありました。

このままではすぐに返済が滞ってしまいます。

そこで主人は再び50万円の枠で、別の貸金業者から借り入れをしました。

しかし支払のための借り入れは、末期状態が近付いているということです。

この考えは、前夫との結婚生活の破綻で学んだ教訓でした。

こうして、私は返済の途中でしたが、私の分の借金はすべて債務整理しようということになりました。もしかしたら過払い金も戻ってくるかもしれないという期待もあります。

債務整理するが、過払金なし

司法書士に依頼して、金利の引直計算をすると、かなりの額の過払い金が発生していることが分かりました。

シンキに関しては、グレーゾーン金利に対する支払いを、現金に充当することで債務がなくなり、話はまとまりました。

しかし後の3社に関しては、過払い金が発生するものでしたが、どれも戻って来ませんでした。

大手の金融業者ならば対応する力があったのでしょうが、この3社はあまり大手ではないのです。

これまでの借入れと返済を記録した「取引経過」に関する書類などを、司法書士さんを通じて請求しましたが、梨の礫。

そこで「もうおたくの業者に返済する義務はないですよ、そうお認めですね」という内容の書類を送ったところ、それにも無反応な上、こちらからの電話も出なくなったようです。

これによって「私の返済はなくなった」ということになりました。

しかし支払いがなくなったのは助かりましたが、「借りるときは大手から」という意味が良く分かりました。

過払い金返還請求で「戻ってきた!」という恩恵に浴することができるのは、大手を利用していた人が大半でしょう。

どうせこんなことになるなら「完済まで我慢する」などせずに、とっととグレーゾーン金利を返済済みに当てたほうが良かったかもしれません。

金融公庫の返済額を変更

一方保証人になっていた日本政策金融公庫には、支払方法の変更をお願いし、月々の支払額を圧縮しました。

日本政策金融公庫はリスケジュールに応じてくれないという話を聞きますが、そんなことはありません。

というのも、行方をくらましていた借主の友人が訪れてくれたのです。

借主である本人が出てきて日本政策金融公庫にリスケジュールをお願いすると、主人は保証人という立場のままでいられるのです。

もしも友人が出てきてくれていなければ、主人が代理弁済人として表立つこととなり、主人の責任下でリスケジュールをすることになります。

借主が主人になってしまう事も考えられるのです。

そして主人がリスケジュールをしたという記録は、主人がもし将来的に日本政策金融公庫を利用することがあった場合、ネガテイブ情報となってしまいます。

とりあえず6ヶ月間は金利だけを支払うということで1万円弱の支払にし、その後の支払いは8万円から4万円に変更してもらいました。

それまでに延滞をしたことがなかったので、スムーズに変更できたようです。

その代わり、返済期間は5年から9年に延びました。

こうして主人の信用情報も守ることができました。

そもそもこの借金の借主は友人のままなので、日本政策金融公庫の件が信用情報に載ることに今後なったとしても主人の信用情報に載ることはないでしょう。

またどこの金融機関を利用しても、保証人になったということ自体が信用情報として載ることはないようです。

その後友人とは別段気まずくなることもありませんでした。

こちらが弁済している借金も、返せる日が来れば、きっと返済してくれるでしょう。

私たちもこのリスクを承知で連帯保証になったのですから、恨むことでもないのです。

彼らはまず生活を立て直さなければなりません。

友人も債務整理をしましたので、しばらくは他の支払に一生懸命にならざるを得ないでしょう。

契約者貸付が可能な保険を利用

私は債務整理をしてしまったので、もう借入れをすることはできませんが、彼もこの後「日本政策金融公庫のお金を完済するまでは借金はしない」と決めました。

そして主人が所有していたクレジットカードなども、それからは使わないようにしています。

あれから5年ほど経ちました。

私はSOHOで仕事を見つけましたが、以前のような稼ぎはありません。

それにがんが再発する可能性もあります。

夫の業者からの借入は完済しましたが、日本政策金融公庫の返済はあと4年ほど残っています。

あの時と比べるとずいぶんと楽になりましたが、まだまだお金の心配はつきまといます。

しかも車の故障や急な買い替え、結婚式の招待、親の入院など、やはり急な出費があるものです。

そういった時は、生命保険の契約者貸付を利用しています。

私たちはあれから、貯金をする代わりに、年金型の生命保険に加入しました。

保険に加入して1年以上経過すると、解約返戻金の中から契約者貸付が可能になるのです。

お金が必要な時はこの契約者貸付を使い、その場をしのいで、ボーナス月などに補填しています。

これでは金融業者から借りるのとあまり変わらないですが、金利も安く、督促されることもないので、とても気が楽です。

しかし相変わらず貯金は夫婦とも下手で、あればあっただけ使ってしまい、月末に困り果てることもあります。

そういう生活費の不足には契約者貸付は使わず、とにかく売れるものを売ってみたり、おかずを減らしたりで頑張っています。

病気になるまで、私には「いつでも健康」という奢りがありました。

しかし人はいつなんどき病に直面するか解らないものです。

また債務整理も、本当に追い詰められなければ、いつまでも「返そう」ともがいてしまいます。

あの前夫との生活の教訓がなければ、まだ必死になって返済しようとして、泥沼に入っていたかもしれません。

昔の失敗があったお陰で助かったのかもしれませんが、失敗は1度で十分だという気がしています。

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