取り立て屋がついにきた!家や病院にまでやってきたときのお話

知らない間に、夫が多額の借金を作っていました!
そして夫の突然の失踪⇒うつ病発病⇒入院・・・。

夫の看病と子供の世話でいっぱいいっぱいだったときに、自宅や入院先の病院にまでやってきた取立屋さん。彼らとの攻防の体験談です。

体験者(債務者)の情報

名前:高橋 浩輔(仮名)
性別:男性
債務整理方法:自己破産・同時廃止・免責決定
借入先:三洋信販、オリエンタルファイナンス、ジャックス、他2社
当時の職業:ホテルマン
当時の年齢:26歳
当時の借金の合計額:500万
債務整理をしていた時期:平成5年3月~平成6年8月頃
費用:約5,000円 (印紙代+ガソリン代×3往復)
(以上の情報は実際に借金をしていた夫のものです。)

ずいぶん前の話になります。
そのころ私は25歳。
3歳と1歳の子どもを抱えた専業主婦でした。
一つ年上の夫はビジネスホテルのレストラン勤務をしていました。

昔からパチンコが好きな人で、ついついお金をつぎ込んでしまうところがありました。独身の頃は何度か貰ったばかりの給料を全て使い込んでしまったこともあったようです。

買い物についても計画性に乏しく、趣味の楽器やコンポなどは、「欲しい!」と思うと後の支払いをきちんと考えないで買ってしまうようなところがありました。付き合っているときは、月々のクレジット払いを私が立て替えて払ったりしたこともありました。

世間知らずだった私はそういう彼の性格を見抜けないまま結婚に踏み切り、結婚3年目のある日、ドラマ顔負けの取立てに遭遇したのです。

借金だらけの結婚生活

取り立て事件から遡ること2年、二人目の出産のときに帰省費用が足りなかったため、私たちは私の名前で地元の信金からカードローンでお金を借りていました。

そのときの金額は5万円。
二人目は里帰り出産だったため、私は3ヶ月ほど他県にある実家に帰っていました。その際、今考えたら馬鹿だとしか思えないことですが、「向こうには支店もないし、紛失でもしたら厄介だから。」と考えて、信金カードを自宅に置いたまま帰省したのです。

結婚前に夫が組んだローンはどうにか完済し、その後の借金も一人目出産後はいくらか返済が進んでいたので、気が緩んだのかもしれません。

結婚後も夫のパチンコが好きは続いていましたが、それでも子どもが産まれてしばらくは節度ができたようで、私からは「前より落ち着いた」ように見えていました。

ところが、それは見かけだけでした。
その頃ちょうど新しい職場でのストレスがたまっていたこともあり、夫はすっかりパチンコに入れ込んでいたようで、また内緒で借金を作っていたのです。

しかし、給料明細と通帳を私に預けている状態では自由にお金が引き出せません。それで、「景気が悪くなってから、待遇が気に入らない」と、もっともらしい理由で、家から更に遠くのホテルに転職しました。

その本当の目的は、現金払いの会社に移って、給料袋の中身を減らしても私にバレないようにするためでした。実はこのとき、夫は既に私には内緒で月々2万弱の返済をしていたのです。

後になって知ったところだと、ちょうどその頃、会社のアルバイトの女子と不倫中で、「夜勤」と偽っての外泊もあったようです。そんな生活は、安い給料では続きません。返済が滞らないように、他社からも借り入れをし、デート費用に前借をし、次々借金が膨らんでいったのだと思われます。

出産後、帰宅して通帳をつけてびっくりしました。
私が帰省している間、夫は信金からほとんど毎日のように1~3万円のキャッシングをしていたのです。総額33万、枠一杯まで借りた上に利息がついていました。

仕事から戻った夫を問い詰めましたが、はぐらかすだけ。
その後、おそらく浮気が激しくなったのか、無断で帰宅しないことが増えました。

私は子供を見ながら内職をして返済に充てましたが、夫の給料として渡される金額は減る一方で、ひどいときは8万円。生活もままならず、私名義の信金の借金は減りませんでした。

突然うつ病に!?さらに膨らんだ借金の発覚!

その年の暮れ、夫は私に内緒の借金返済にボーナスを充てようと考えていて、私には「今年は、勤務1年目未満だからボーナスは少ない。」と説明してきました。

それでいて「壊れたコンポは買い換えたい」と、私名義のクレジットカードのボーナス一括払いでコンポの購入をするようをせがんできました。当時はだんだん暴力が出てきていたため、それが怖いのもあって、承諾して購入しました。

コンポの支払期日の少し前にボーナスの支給がありました。査定は良かったのですが、支給額は借金を返済するのには全く足りませんでした。

最初、夫は怒って会社側に抗議(?)したようです。しかし、会社側からとりあってもらえなかったのか、次は父親に愚痴を聞いてもらおうとしました。しかし、父親にもあっさりと冷たく返されて、その晩は眠れない様子でした。この日の彼の行動は、普段の彼のことを考えるととても奇妙に見えました。

その翌日から、夫は突然出社拒否になりました。
また、その翌日には一時的な記憶喪失になりました。
一日の行動が所々思い出せないというのです。

さらにその翌日、朝起きたら夫は家から姿を消していて、2日間消息が分かりませんでした。その2日後にようやく帰宅したのですが、彼は全く話すこともできず、食事もとらず、布団から出てこなくなってしまいました。

突然、重いうつ病になってしまったのです。

後日の本人の説明では「どこかに逃げなければ!と思って、始発の電車に乗り、途中でお金を降ろして、とにかく遠くに行こうとした。記憶が飛び飛びで、はっきり覚えていないが、気がついたら東北にいた。」と。

コンポの支払いに充てるはずのボーナスは、全額引き出されていました。仕方なく、私の生命保険の積立金から借りて払いました。その間、会社からも連絡があって、「無断欠勤3日だから解雇になるところだけれど、依願退職にして欲しい。」といわれました。

ちょうどその頃、給料日が来たので、「振込みをしてこなければならないから、払うものがあるなら教えて。」といったところ、初めて正直に借金の振込先とカードを出してきたのです。

私は平静を装ってカードを受け取り、嫌がる彼をとにかく病院に連れて行きました。紆余曲折はありましたがなんとか受診してもらい、すぐに精神科に入院することが決まりました。同時に会社も辞めました。

入院してから、振込み先の名前を手がかりに彼の借金総額を調べました。発覚したのは、5社から、元利総額400万円の借金。私の名義で作ったものも加えると500万にも上っていました。とても、内職でまかなえるような金額ではありません。目の前が真っ暗になりました。

精神科に入院したことと、私が無職だったことから、病院からは市役所へ相談に行くように勧められていました。幸い市役所で借金の相談もできるタイミングだったため、そこで相談をし、すぐ自己破産を勧められて、手続きに着手することができました。

1ヶ月だけ生活保護を受け、子供は保育所に預けて、すぐに就職!
夫の入院から2ヵ月後にはパート勤務を始めていました。

取り立て屋が来た!

自己破産の手続きを出したとき、裁判所から「金融会社や銀行から請求が来ても、絶対払わないでください。払った場合、破産ができなくなる場合があります。」と注意を受けていました。その日から私は、夫名義の借金の返済を止めました。

電話がかかってきたときも、「自己破産する」と言ってはいけないと言われていたので、「本人が入院していて分からないから、確認します。」といってはぐらかしていました。

夫の入院から3ヵ月後。
仕事から帰宅すると、アパートの来客用の駐車場に見慣れない普通車が止まっていました。黒塗りの高級そうな車です。運転席には、めがねをかけて、オールバックの目つきの鋭いオニイさんが座っていました。

「誰のお客さんかな?」といぶかりながらも、子供を連れて家に入り、電気をつけて、夕食の支度を・・・と思ったとき、呼び鈴が鳴りました。

誰?と思って、アイホールを見ても、誰もいません。
ドアを開けてみたら、ドアの影からにゅっと手が出て、やにわにドアをつかまれました。びっくりして手を離すと、さっきのお兄さんが割り込むように体を挟んできて、ドアを閉められなくなってしまいました。高そうなコート、黒いスーツ、オールバック風のヘアスタイル、見るからに「ちょっと・・・」っていうイメージです。

「○○さんのお宅ですよね?××さん、ご在宅ですか?」

かすれたような、ヤ○ザさんにそっくりな言い方です。

「入院しています。」

「え?ご病気なんですか? 」

私の説明を聞くと、オニイさんは、ぴくっと、眉を吊り上げました。

「奥さんですよね?××さんのご融資のことご存知ですか?」

「借金をしてたのは知ってます。それ以上のことは分かりません。」

「困るんですよね・・・。」

オニイさんは、下から因縁つけるような目つきでこっちをみて、それから、どうしてだか、1歩下がって玄関の下に降りました。

「ウチとしては、返していただける、って前提でお貸ししてるんで。こっちに何の挨拶もなく、いきなり破産手続きをとるなんて、裏切りですよ。」

「そんなこといわれても、ウチも実際のところ返せないんです。主人は入院してますし、私も仕事しながら、入院費を払うので精一杯です。子供もいますし。」

子供たちは、私の後ろに隠れて、玄関の様子を伺っています。

「お仕事されてるんですよね?」

「はい。」

「でしたら、奥さんがうちから借りて、ご主人の分を払ってくださいよ。ご夫婦なんだから。」

「はい!?」

「困る、困る、って、ウチだって困ってるんです。
借りたものは返すのが当然でしょう。お金を借りたんだから!」

オニイさんの声が大きくなってきました。
それとともに、また、一歩下がって、わざわざ、遠くから、

「金利が高くて困る、って言うんなら、相談に乗ります。自己破産を取り下げてもらえませんか!」

わざわざ大きな声で言われました。
近所に丸聞こえです。
子供が怖がってしがみついてきました。

「警察呼びます!」

「呼んでもらっても構わないですよ。家の中には入ってないし、何もしていません。お話してるだけです!」

これで、一歩下がった理由が分かりました。声を聴いた近所の人に、「家に入っていた」と見咎められないためだったのです。

「ホントに呼びますよ!」

そういって、家に入ったとたんに、オニイさんは、エンジンをかけて逃走しました。

取り立て屋、再び

翌日、夫の主治医にこのことを話すと、「ご主人は借金のことが苦になって病気になっているところもあります。それだけが原因、と言うわけではありませんが、その話は刺激が強すぎるので、今日の面談のとき、私から伝えさせてください。」といわれました。

それで、私は何も言わないで普通の面会のような顔で、夫の病室に行きました。ごく当たり障りのない話をして面談の順番を待ちました。

ところが、ちょっとした用事で席を外してから病室に戻ると夫がいません。同室の人が「さっき、呼び出しがあって、玄関にお客さんが来ているそうですよ。」と教えてくれました。

嫌な予感がして、玄関ロビーへ急いで走っていくと・・・昨日のオニイさんともう一人。パンチパーマの男の人に挟まれて、夫が座っているではありませんか!

「こんなところにまで来たんですか!?」

思わず、声が大きくなった私を、昨日のオニイさんが、

「ご病気で入院していると言うことでしたので、ご近所で聞いてきました。」

「・・・・・・!?」

「本当に入院しているのかどうか、確認しないといけませんので。」

とんでもない「お見舞い」です。

「すみませんが、主治医からこういう話は止められています。裁判所のほうからも、どちらの方とも連絡をとってはいけないと言われていますので。」

「それは、奥さんの都合でしょ?借りたのは××さんなんだから、私たちは、話をする権利があるんですよ。」

「主治医から"止められてる"っていいましたよね?病人なんです。ここは病院です!」

そこで、パンチのおじさんが、まあまあ、と割って入りました。

「私たちも来たくて来たって訳じゃないんです。ただね、何の連絡もなく破産となると、こちらとしてもとても困るんですよ。返してもらえなければうちは丸々損をする。お金をあげたわけじゃないんだから。」

「・・・・・・。」

返事に困った私が黙ると、パンチのおじさんは、

「ですから、昨日お話したと思いますが、ウチとしては、返してもらえればいいんです。来てみれば、ご主人は病気で入院というのはウソではないようだし、奥さんもお困りでしょう?ウチとしては、利息はご相談させていただきますから、奥さんの名前で借りてもらって、返済してもらえればけっこうですから。」

「私に借金しろ、ってことですか?」

「奥さん、借りたものは返すのが当然でしょ?ご夫婦なんだから、そのぐらいしてくれたっていいじゃないですか?」

「無理です。私にはこの人が作った別の借金があります。これ以上は返済できません。」

「じゃあせめて破産だけでも取り下げてくれませんか?利息はゼロでもいいですから。」

「できません。」

「何とかウチのぶんだけでも破産の対象から外してくださいませんか?奥さんが借りたことにして。」

そんなことをしたら、破産自体ができなくなってしまいます。それを知っていて、頼んでくるのです。こんな調子の話が、延々と20分も続きました。とにかくしつこいし、夫は両側から挟まれて、逃げようにも身動きが取れない状態です。

本当に困りました。そのとき、

「すみません、ロビーでの面会は20分となっていますので。」

事務の男性が声をかけてくれて、やっと取り立て屋の2人は退散してくれました。

本当はそんな規則はありませんでしたが、様子を見ていて、「追い返したほうがいい。奥さん困っているようだったから。」と割って入ってくださったのです。

その後、病院側も「取り立て屋が尋ねてきた」と知って対策をしてくださり、取り立て屋が来ても夫には知らせずに、来たことだけを私に連絡してくれるようになりました。

この後も2、3度面会申込に来たそうですが、「絶対安静なので」と断ってくれて、来なくなりました。

取り立ては来なくなりましたが・・・

その後、他社からも同じような「借り換えをしてほしい」という旨の電話がいくつか入ってきました。生活保護のときにお世話になった人に「弁護士に相談します、と言いなさい」と教えられたので、何とか乗り切って、半年後、夫の破産が決まりました。

夫の入院治療はその後も続き、社会保険事務所からの傷病手当とパート費用で1年間はなんとか支えていましたが、仕事と育児の疲れで私が体を壊してしまい、実家へ帰ることになりました。

その後、傷病手当が打ち切りになる時点で、治療のめどが立たなかったことから、「生活保護を受けたいから離婚して欲しい。」と、夫から申し出があって、承諾しました。最終的に退院までは、丸3年かかったそうです。

離婚後、私は2年間実家の世話になりながら、パート費用から自分名義の返済を続けて、合計200万の返済を終えました。

借金の取り立てについては、『借金督促(取り立て)の9ルール。これに違反していたらすぐに警察へ』『キャッシングの借金取り立てまとめ。実際の様子などを会社ごとに紹介』、『元刑事が教える借金の取り立てに困ったときの対処法。すぐ110番すべき?』などでも特集していますのでこちらも参考にして下さい。

→債務整理の弁護士事務所を徹底比較。費用、対応地域、実績、顧客対応

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